なっつんです。
発達障害など心理系のテーマでブログを書いていると、賛同の言葉から批判の言葉まで、様々なご意見を頂くことが多いです。
人の性格や発達障害といったものは目に見えないため、当然人によって捉え方が異なります。ある人には「重い病気だ」と感じられても、他の人には「ただの変な人」かもしれないし、そもそも「普通の人」じゃないか、と感じる人だって居るかもしれません。
そのくらい答えを出すのが難しいテーマです。
だからこそみんな悩んでいます。
発達障害を診断されているなっつん自身も、「障害じゃなくてただの個性じゃないの?大げさだよ」と言われたことがあり、そうなのかな、と考えたことがあります。
今回は、「発達障害は障害なのか?それとも個性なのか?」について考えてみようと思います。
「私って発達障害かもしれない」という人=グレーゾーンが増えている
こんなタイトルの本が話題になったことがありました。
この本、一時期SNS上ですごく叩かれていました。
確かになっつんもこのタイトルを初めて見た時、「発達障害者を批判してるのかな?」と正直すごく嫌な気持ちになりました。
しかし実際に読んでみると、香山さんが意図しているのは発達障害者への批判ではありません。仕事上でミスしたり、だらしない性格であることを発達障害のせいにして、自分のせいだと思いたくない一般の方々が増えている、という現状を問題視している内容でした。
ニュースなどで「発達障害」という単語の認知が高まったため、自身を発達障害だと疑う人がここ数年でかなり増えたみたいです。表紙にも書いてますが、専門外来は予約3年待ちだとか。
一種の「発達障害バブル」とこの本に書かれています。
(タイトルのつけ方がまずかったから叩かれてるだけで、内容的にはすごく勉強になります。)
発達障害さんの性格を形容すると、ASD(アスペルガー/自閉症)の場合は「おとなしい」「無口」「マイペース」「協調性がない」「天然」
ADHDの場合は「飽きっぽい」「ドジ」「落ち着きがない」「好奇心旺盛」などでしょうか。
おとなしい、マイペース、飽きっぽい、ドジ、天然・・・
こんな人、正直周りにたくさん居ますよね?
と言うか、これを読んでいるみなさんも上記のどれかに当てはまると言う方が多数なのではないでしょうか?
では、その人たちはみんな発達障害なのでしょうか?
そんなはずありませんよね。
おとなしい人や飽きっぽい人がみんなASDやADHDだったら、世の中は発達障害者で溢れかえってしまいます。国民病どころじゃないです笑
今はネットやテレビで発達障害が取り上げられることが多くなり、認知度が高まっているため、「私って実はアスぺなんじゃないの?」「私って昔からドジだったけど、ADHDだったのかも!」と考える人が急増しているように感じます。
ご参考までに、発達障害傾向の自己診断に役に立つ性格診断テストについてこの記事にまとめてあります。気になる方はぜひ試してみて下さい。
問題は、それが原因で日常生活に支障が出ている場合

確かに、発達障害傾向のある人は世の中たくさん居ます。
ですが、「おとなしい」とか「ドジ」とか、ちょっと浮いてしまうような天然な性格であるからイコール発達障害と言う訳ではなく、それはその人の個性に過ぎないと思います。
それが「障害」になるのは、その特性によって日常生活に支障が出ている場合です。
例えば、
・普通に人とコミュニケーションを取ることができない
・それゆえいじめられて、学校や会社に行くことができない
・コミュニケーションへの恐怖心から、現在働いていない
・ミスが原因で会社を辞めた、働くのが怖い
・時間通りに会社に行けない(何をしても治らない)
・仕事が続かない、すぐ辞めてしまう
・あるいはストレスで体調を崩したりうつ病などの心の病気にかかってしまった
などなど。
「会社を辞めた」「仕事が続かない」「ストレスで体調を崩している」など、自身の性格が原因で勉強や仕事や健康面に悪影響が出ていて、学校や会社に毎日行けないレベルであれば、発達障害を疑ってもいいと思います。
普通の人であれば、社会に合わせる能力が身についているはずですから。
喋るのが好きでない性格であっても仕事のためにコミュニケーションを取ることができますし、ダラダラした性格でも時間は守れますし、おっちょこちょいでも仕事をしている間はきちんとした性格になれる、はずなのです。
それが「社会性」というものですが、発達障害の場合はいくら頑張ってもこの「社会性」が身につきません。
グレーゾーンという「個性」

難しい立ち位置に立たされているのが、いわゆる「グレーゾーン」の人たち。
発達障害の診断を下されるまではいかなかったけど、発達障害の傾向を持っている人たちです。
グレーゾーンの人は頑張れば日常生活を送れるしちゃんとコミュニケーションも取れるのですが、この ”頑張れば” が本人にとってはストレスの積み重ねとなってしまいます。
グレーゾーンの人の中には「発達障害の診断書が欲しい」と思っている方も少なくないそう。
確かに100%発達障害だとはっきり言われれば、周りにそう主張することができ、自分の上手くできない点は発達障害のせいだと周囲に分かってもらうことができます。
しかしグレーゾーンである限りは「障害」には該当しない。
「障害」持ちの私からしたら、そんなに「障害」に憧れてもええことないぞと伝えたい。
確かに「同情」はもらえます。でも「差別」だって普通に受けます。「理解」「配慮」なんてあってないようなものです。
そんな「障害」に自分を当てはめようとするよりも、グレーゾーンという「個性」として考えて生きる方が人生を楽しめるのではないかと思います。
そもそもどんな環境でもキラキラ輝いて活躍できる超人のような「個性」の持ち主なんて存在しません。
例えばお笑い芸人はテレビやステージでは輝いて見えるかもしれませんが、彼らが東大京大の研究室に居たらどうでしょうか?
「黙れや!」ってなりますよね。
そんな東大京大の研究室には、反対にASD傾向のある人がめちゃくちゃ多いです。
また、ADHDの人にはクリエイティブな業界が向いていると別の記事でお話しましたが、なっつんがデザイン会社に居た時は明らかにADHDっぽい人が多かったです。
みんな普通に遅刻するし、なんか色々忘れてるし、突然変なことしだすし、回る椅子でゆらゆら揺れてます。(ADHDの人は回る椅子に座ったら絶対ゆらゆらするというのをTwitterで見ましたが本当だと思います笑)
そんな環境だから新しいことを思いつきやすいのですが、もしすごーく保守的な人が入ってきたら居心地悪くてすぐ辞めると思います。
みんな自分の「個性」が輝ける環境を見つけて、選んで身を置いています。
そして自分が輝けない環境にわざわざ身を置き続ける人は、その分野で修行中の人か、相当なドMのどちらかです。
これを読んでいるグレーゾーンの方が、未経験の分野で修行をしたいか、ドMさんのどちらかなら止めはしませんが、そうでないなら自分がたくさん褒められて必要とされて尊敬されて輝ける環境探しをするのが近道だと思います。
発達障害やグレーゾーンの方がその答えを見つけられるように、このブログがお役に立てたらとても嬉しいです。










初めまして。私は自分自身を発達障害のグレーゾーンではないかと疑っているものです。
幼い頃から人間関係で難しさを感じていました。
自分で発達障害の本を見ても、おそらくグレーゾーンだなと思います。
人間関係の難しさを改善出来るのであれは、診断をうけてリハビリのやうなものをしたいと思います。
ただグレーゾーンの人は診断をうける意味はないのでしょうか?