発達障害というコンプレックスを隠さなかったら、好かれることに気づいた

発達障害というコンプレックスを隠さなかったら、好かれることに気づいた



みなさんには、何かコンプレックスはありますか?

というか、コンプレックスを持っていない人なんてこの世に居ませんよね。

顔、体、生まれ、声、お金、学歴、運動、仕事、住む場所、恋愛、子供、、、

もう、誰が何に対して何のコンプレックスを抱いているか分かりません。

コンプレックスの地雷だらけの中を私たちは生きているんです。

だからふとした発言が相手の地雷を思いっきり踏んでしまうことがあります(^^;

反対に、相手の何気ない発言が自分の地雷を踏みつけてきて、爆発してしまった経験、みなさんにもありませんか?

 

ちなみになっつんは、発達障害であることが大のコンプレックスでした。

深いコンプレックスを抱えこみながら思春期を迎えると、人はダークサイドに落ちます(これを中二病といいます)。

正確には、当時は自分が発達障害だと知らなかったので、「自分でもよく分からないけど他の子と違う、何かがおかしい」と強く感じていたのですが、理由が全く分からず。。(だから義務教育で発達障害を教えてくれればいいなと思ってます!)

「変人」「不思議ちゃん」と言われてしまう自分を恥じており、嫌いでたまらなくて、必死に隠そうとしていました。そしてかれこれ20年以上葛藤したのかな??

 

けど、大人になった今やーっと気づきました。

コンプレックスは隠すより丸出しにした方が愛される!ということに。

「どうして発達障害なんかに生まれてしまったんだろう・・・」とコンプレックスを感じ、自分の人生を呪いながら生きている人は居ませんか?

今回は発達障害を隠す必要はない!むしろオープンにしたらチャームポイントになるよというお話をします。

 

発達障害というコンプレックスを隠さずにいたら、人から好かれるし助けてもらえるようになった

子供の頃のなっつんは、自分の発達障害っぽいところを隠すのに必死でした。

自分の何かよく分からないけど変なところを、笑われないように、隠して、普通になろう!!とそのためにかなり努力したような??

なっつん

話し方、コミュニケーション、哲学、心理学の本を読み漁るJKでした。

ですが今気づきました。

当時の私は発達障害らしさを隠してカッコつけようとしていたことで、どこかぎこちなさが生まれていたのだと思います。

あまり人から好かれず、悪く言われてしまったり、孤立してしまっていました。

自分で自分の首を絞め、他人を無意識に妬んでしまい、人からも嫌われる、という負のループを生んでいたんです。

そこから脱出することができた今、私は「発達障害っぽさ」を全開にして生きています。

つまり、無理して人に合わせるのをやめました。

マイペース全開、空気読まない、遅刻するし、忘れ物するし、ミスするし、大事な話聞いてないし、ふら〜っとどこかに行ってしまうし、いつでもどこでも爆睡できます。

もう、人に迷惑をかけまくっています。

 

そうすると、不思議なことに、他人から好かれるようになりました。

 

具体的には「天然だね」「癒されるわ〜」と可愛がられるようになりました笑

ASDのマイペースさとADHDの抜け具合が混ぜ合わさると「天然キャラ」となります。

ご存知の通り、天然キャラの人は可愛がられますし、ピッタリとその場の雰囲気にハマれば何をしても許される最強のキャラになります。(雰囲気にそぐわない場所ではとことん嫌われてしまうのですが・・・)

私の場合も、優しくしてもらえたり、助けてもらえたり、奢ってもらえる回数も、プレゼントをもらえる回数も、もっと言うと良い仕事を紹介してもらえるなどの良いご縁が増えました。

なっつん

だからこのブログは過去のコンプレックスまみれの自分に向かって書いてます。

「隠すのやめろー!!」と。

 

体育会系の職場では天然は逆効果

しかし天然キャラは無敵ではありません。

体育会系の職場ではむしろ天然キャラは逆効果となってしまいます。

具体的には営業、金融、昔ながらの大企業などはまだ根強い体育会系文化が残っていますね。

体育会系の文化では、ふわふわしている人は嫌われ、ビシッ!バシッ!としている人の方が好かれます。

私も最初に入った会社が思いっきり体育会系の大企業でしたが、ここでは発達障害らしさを少しでも出せば叩かれ、嫌われ、いじめられてしまいました。

なので「ミスしちゃった〜てへっ」が通用しないどころか、殺される勢いで嫌われてしまいますので、ご注意下さい。

職場を選ぶ前にリサーチをして、事前に体育会系の職場を避けるか、万が一入ってしまったらすぐに転職した方がいいです。

じゃないといじめられて心を病みます。

そのくらい発達障害と体育会系の相性は最悪ですから。

 

というかそもそも自分が気にしていることを他人はそんなに気にしていない説

話が変わりますが、私は右のほっぺのど真ん中に直径3mmぐらいの大きなほくろがあり、それも子供の頃のコンプレックスでした。

大学生になってからはクレヨンのようなコンシーラーを買ってきては毎朝ほくろを塗り潰していました。

友達や彼氏と旅行に行く時もすっぴんを見せるのが怖くて、夜用のファンデーションで隠す・・・ということまでしていて、「もう嫌だ」と思った私はレーザー手術でほくろを取ることにしました。

なっつん

確か1万円以下で済んだ。意外と安くてびっくり

が、今のところ誰1人として私のほくろがなくなったことに気づいていないようですw

生まれた時から1番長い間、私のすっぴんを見ていたはずの母親ですら気づきませんでした。

あまりに気づかないのでこっちからほくろを取ったことを話すと、「え、そんなところにほくろなんてあったっけ??」と言われました笑

自分はそこにばかりピンポイントに目がいって気になって気になって嫌で嫌で仕方なかったのに、近くに居る人は全然気にしていなかった。ということはたくさんあるのですね。

それは見た目に限らずあらゆるコンプレックスに言えることです。

自分が気を病むほど気にしていることを、他人はそれほど気にしていませんし、むしろチャームポイントに思っていることすらあります。

 

コンプレックスを愛してくれる人は必ずいる

自分の顔が嫌いだからといって整形したところで、だから幸せになれるとは限りません。

人工的に作った美しさは、脆く、歪みやすく、崩れやすいもの。

このあたりは百田尚樹の『モンスター』と、映画『ヘルタースケルター』を観ると大変よく分かります。

 

なっつん

エリカ様が薬物に溺れていくという大変タイムリーなお話です

 

発達障害というコンプレックスにも同じことが言えます。

コンプレックスを根っこから変えようとし、全く別の誰かになろうとしたことが、発達障害の人はあるのではないかと思います。私もそうでした。

ですが人工的に作ったキャラクターには、やはり違和感があり、歪みやすく、崩れやすいものです。

それよりも、元の欠点だらけの自分を晒している方が、ずっと心は楽になるのです。

そして欠点だらけの方が人から好かれるということはよくあります。

だから発達障害は隠す必要がない。オープンにしていていいのです。

そのキャラを愛してくれる人は必ず居ますから。



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