先日、心にぐさっと突き刺さるツイートを見かけました。ご本人に許可をもらったので、引用させて頂きます。
プロフィールに「東大」とか入れると「ただの自慢?」とか「学歴主義」とか思われますが、
— 七転八起おじさん@今がふんばりどき (@tachi_a_gare) February 18, 2020
“180度” 真逆ですのでね….僕のやつは😰
鬱地獄という人生の根源となった忌まわしい消したい過去として、この経歴を書かないことには成立しないので、仕方なく入れてる
たぶんこれは、伝わらないんですけど💦
これは書いてある通り、東大卒の方のツイートです。
「東大卒」というと、誰もが欲しい輝かしい肩書きですよね。
それなのにこの方は「鬱地獄という人生の根源となった忌まわしい消したい過去」という憎しみの込められた表現をされています。
なぜ、そこまで「東大卒」の肩書きに苦しむのでしょうか?
私の周りの人の話を聞いていても、発達障害の方・うつ病経験者などで有名な大学を出た方は、この方と同じように悩んでいる方が非常に多いのでは、と前々から感じていました。
そういう私も、過去に同じような悩みを抱えて苦しんだ経験があります。
とは言っても私は、東大卒でも京大卒でもないし、自分自身を高学歴だとは思っていません。
教育熱心な家庭でもなかったので、「高卒で働いても別にいいんじゃない?」と親に言われていたくらいです。
が、こちらの記事でも書いた通り処理速度IQだけ凸という特性のおかげで、受験勉強という「情報処理」に関しては得意分野でした。塾に通いませんでしたが、現役でセンター試験83%を取ることができました。
その結果、「日本の大学 ランキング」などで検索するとトップ10位内に入っているところにすんなり合格することができました。
とは言っても私は数学アレルギーの文系ですし、このランキングを底上げしているのは医学部や理系の学部です。なので私は彼らが押し上げてくれたネームバリューにあやかっているだけ、と思っています。
こうやって言うと「自慢話かよ、うぜえな」「お前なんて大したことないだろ」という声が飛んでくるかもしれません。
そう、日本において学歴は、人をジャッジして叩く対象のようなものになってしまっているところが、悲しきところだと思います。
高すぎれば妬まれ、そこそこ高ければこき下ろされ、普通でも叩かれ、低いと馬鹿にされる。

謎の風潮(´・ω・)
私が思うに、学校の勉強が得意っていうのは、スポーツが得意、絵が得意、音楽が得意、っていうように、得意不得意の1つに過ぎないと思います
なのでこの悩みに関しては声を上げたくても上げられず、悩んでいる当事者の方も実はかなり多いんじゃないかなと思いました。
なので今回は、そこそこ有名な大学を出ている発達障害者が味わう「苦しみ」とはどんなものなのか、まとめてみようと思います。
有名な大学を出ている発達障害者が、苦しい理由


「勉強はできるのに仕事はできないんだね」とがっかりされる
言わば、大学の偏差値=第一印象の期待値です。
良い大学を出ていれば出ているほど、第一印象で寄せられる期待値も半端なく高くなるのでは、と思います。
しかし発達障害の人は、このブログでも何度も書いていますが、事務仕事がからっきしできないことも多いのです。
なぜなら学校の勉強で使うIQと、会社の仕事で使うIQは全くの別物だから。
皆さんも「あの○○大を出ているのに書類1つまともに作れない、電話応対もできない」人を見たことがありませんか?
この「○○大を出ているのに」という期待が、高学歴の発達障害者を苦しめます。
例えば、のび太が忘れ物をせずにテキパキ行動できたり、テストで良い点を取れたら・・・「のび太なのにすごいじゃん!」と褒められ株が上がるでしょう。
これが出木杉くんの場合は、最初から忘れ物をしないのが当たり前、テストで高得点を取れるのが当たり前。たまに忘れ物をしたりテストで悪い点を取ったりすれば、「出木杉くんなのにこんなこともできないの・・・」と落胆されて株が下がってしまいます。
このように発達障害ゆえに仕事ができないことを、学歴が高い人は期待を裏切った分だけ余計にがっかりされてしまいます。
勉強は得意だったので大学までは順調でも、社会に出て躓いてしまう理由はこれではないでしょうか。
大きな組織で働くのは、そもそも発達障害者に向いていないことが多い
有名な大学を出た人が最初に選ぶ就職先は、大企業・公的機関・金融機関などのいわゆる「おカタい」「伝統的な」大きな組織になりがちです。
この「おカタい」「伝統的な」ところは昔ながらの体育会系・縦型社会であることが多く、これがまた発達障害との相性最悪なんです・・・。
ルールも厳しく、融通が利かず、人間関係も複雑でドロドロしがち。
ただでさえ人間関係に馴染むのに苦手な発達障害者が、縦型社会で上司をヨイショしながらのし上がっていくという道は・・・想像しただけでキツいですよね。
さらに大企業などの組織でキャリアを積んでいくとたどり着くのは、管理職です。管理職こそ、発達障害者の鬼門。管理職になってメンタルを病む人、辞めてしまう方も多いんだとか。
できることならのんびり1人でマイペースに平和に働きたい、っていう発達さんが多いと思うんですけど、大企業に入ってしまうと毎日が競争社会のマルチタスクになりがちです。
高学歴の発達障害者で苦労せずに済むのは、研究職やIT系などの専門職を選んだ人に多い気がします。
「そんな立派な大学を出てるのに、どうしてこんなところで働いてるの?」と言われる
これも地味に心にグサッと来ます。
勉強ができても発達障害は発達障害。二次障害でうつ病を発症する可能性も高い。働けなくなったり、職を転々とする時期もあることでしょう。
が、悲しいことに有名大を出た人が非正規で働いたり中小企業で働いたりすると、「どうしてこんなとこで働いてるの?」「あなたの経歴ならもっといいところに受かるよ」などと言われたりします。
東大卒の人がアルバイトに申し込んできて、どうしてこんな学歴でアルバイト?と採用しなかった、という話も聞いたことがあります。
大手がダメだったから逃げて来たにも関わらず、「この学歴で何でここに??」と不審がられてしまったり、受け入れてもらえなかったり、浮いてしまったりするのです。そこに馴染んでいくにはコミュ力と精神力が必要。
このことにストレスを感じてしまう方も多いかもしれません。





女性ならまだ世間の目は優しく、受け入れてもらいやすいと感じる。
でも男性の高学歴発達障害の方は、ここがプライドとの葛藤でもあり、本当につらいと思う
頑張って積み上げてきたものを打ち砕かれるショック
何となく想像つくかもしれませんが、優等生ほど挫折に弱かったりします。
勉強が得意だと、どうしても親や先生から褒められて友達からも尊敬されながら育つため、成人する頃には「褒められるのがスタンダード」になってしまうんです。
10代〜20代前半で精神が成熟した、悟っている人はなかなか居ませんので、失敗を知らずにプライドだけがむくむくと高くなっていってしまうことも。
勉強が得意なタイプの発達障害の方は、学力の高さだけで学生時代をやり過ごしてしまったりします。成績が良いことが、発達障害の特性をカバーしてしまうのですね。そのため問題視されず、発達障害に気づかれずに社会人になってしまうことも。
そんな人たちにとって、初めての挫折経験が社会人・・・になったりします。
順調だった人ほど、挫折によるダメージが大きい。心を病むほどの衝撃となることもあります。
同級生に置いていかれる苦しみ
まだあるんかい!って感じですが、極めつけはこれです。
有名大学であればあるほど、学生時代の知り合いはみんな良いところに勤める割合が高いと思います。
周りが医者、弁護士、公務員、大企業と順調にキャリアを積む中、自分だけ発達障害やうつ病で働けなくなってしまったら・・・
そのショックは、恐らく普通の大学の比ではないのではないでしょうか。
友達と比較して「自分だけダメ人間だ」と責めてしまいやすく、コンプレックスを覚えるかもしれません。かつての友達に顔向けできなくなってしまうような気持ちになるのかも。
これも、女性は仕事を辞める人も多いので話しやすかったりするのですが、男性の方が社会的評価を気にする人が多い分、苦しんでしまう点かもしれません(とは言っても、女性は女性で大変なことも多いのですが・・・)
有名大学を出た発達障害者が自由になるには、「大学」の呪縛を断ち切ること


苦しいことシリーズを見てきましたが、では今度はどうやったら幸せになれるのか?私なりに考えてみました。
結論は、自分の人生と「大学」を切り離して、自分が本当にやりたいこと・得意なことを考えてみることじゃないかなと思いました。つまり「大学」の呪縛を断ち切ることです。
自分の履歴書から「大学」の欄を丸々消しても、今の自分は最高だ!と肯定できるようになった時、呪縛から解放されて幸せになっていると思います。
これが難しいのは大変よく分かります。高学歴であればあるほど、それは自分のアイデンティティとなるし、おまけに家族や親戚から期待を寄せられて育つと思うから。
本当はプロ野球選手になりたかったのに、親のプレッシャーに応えるためにやりたいことを捨てて、一生懸命勉強して大企業に入った。というようなタイプの人ほど、強い呪縛にとらわれているんじゃないかと思います。





いや、だからと言って「プロ野球選手を目指そう★今からでも夢は叶うぞ☆」とは言いませんがw
「○○大を出ているからこういう仕事をしなければならない」という固定観念を捨てること
恐らく、この固定観念に縛られ続ける限り、仕事選びをしくじってしまうと思います。
「○○大を出ているからいい感じの仕事に就かなければならない・・・」
何だかふわふわした「いい感じの仕事」にこだわっている人も多いかもしれません。
実は私もこの固定観念にとらわれていて、一時期は社会保険労務士の勉強をしたり、ファイナンシャルプランナーの資格を取ったりしました。
理由は何となく、頭が良さそうに見えて「いい感じ」だから笑
でもこういう仕事の選び方をしても、発達障害者の場合は上手くいかなかったり、幸福感を感じられないことも多いのです。
なぜなら発達障害の人は、自分が本当に興味のあることでないと夢中になれないから。
「自分のやりたいこと」ではなく「自分が世間から見てこうあるべき姿」を優先し続ける限り、恐らく本当の答えにはたどり着けないです。
「○○大の自分に似合う仕事」ではなく、「自分が楽しいと思える仕事」を考えてみて下さい。
「これだ!」と思う生き方にたどり着けた時、自分の送ってきた人生は失敗したことも含めて全てネタにでき、肯定できるようになります。





私は、大学で勉強したこととは一切関係ないWebデザイナーに落ち着いてます。
それなら最初からデザインの専門学校通っとけばよかったよ!!とよく思います、が、めちゃくちゃ楽しいので結果オーライです!
同じ大学に、似たような境遇の人は必ず居る
私は、新卒1年目で、仲間内でも真っ先にギブアップして会社を辞め、発達障害治療コースに入りました。
なので当初は「私だけダメな人生送ってんな・・・」と劣等感にまみれて、怖くて、大学の友達に連絡を取れなくなった時期がありました。
ですが3年ぐらい経った時、「転職したいんだけど相談してもいい?」とポツポツ連絡が来るようになったんです。
5年経った今、友達の半分以上は転職したり留学したり色んなことをしています。何だ生きづらかったのは自分だけじゃなかったんだ、と安堵しています。
そして落ち着いた今周りを見てみると、私の何倍もぶっ飛んだことをしている人は案外たくさん居ることに気づきました。
世界一周して起業した人、別の大学に入り直してそこで出会った外国人キャリアウーマンと結婚して主夫になった人(名字がすごいことになっていたw)、スノーボーダーになった人、自分を探しにインドに引っ越した人などなど。
発達障害で仕事を辞めたりすると、「自分だけ・・・」という気持ちになることと思います。
ですが周りを見れば、自分以上に波乱万丈な人生を送っている人は必ず居ます。
そういう人に連絡を取ってみると、また新たなご縁に繋がるかもしれません。
結論:勉強が得意だった発達障害の方の多くが、この葛藤を経験している。大丈夫、1人じゃありません


この記事を最後まで読んで共感して下さった方も、恐らく同じような境遇で同じような悩みを抱えてきた人だと思います。
Twitterで他の発達障害の方と交流していて思うことですが、勉強が得意だった発達障害の方の多くが、全く同じような葛藤を経験しています。
つまり、悩んできたのは自分1人ではない。だから気にする必要はない。ということです。
学歴ネタは炎上しやすいし、表立って話しづらいから、結果悩みを公言する勇気もなく、1人で抱え込んでしまう人が多いのも問題だと思います。
(この記事も、嫌味だと感じてしまう人もひょっとしたら居るかもしれませんね(^^;)
というわけで、同じような悩みを持った人たちのコミュニティができたらいいよね、という話もありました。
私が思うに、大学って運要素の強いものです。
受験勉強向きの頭脳か、親が教育熱心だったか、で決まってしまうところがあります。
ですが「勉強ができる頭の良さ」と「社会で上手く生きる頭の良さ」はイコールではありません。
日本社会の学歴主義も、だいぶマシになってきたとは言え、まだ残っているのも事実です。
そんな価値観の中で育ってきて、学歴から自分を切り離して自由に生きるというのは、一朝一夕にできることではありません。
ですが1人でも多くの人が、学歴の呪縛から解き放たれて、幸せに生きられるようになってほしいと願います。























あたしは高学歴ではないですが、そこそこ偏差値高いと言われる国立の学校でました。あくまでもそこそこです。病院に勤務しています。ですが自分が発達障害がある事が分からずに仕事や家庭問題で鬱を発症し仕事をやめました。
現在は発達障害の治療を取り入れるながら
再就職しなんとかやってます。精神科病院に勤務していますが、やはり、患者様には高学歴の方が多いです。それ故に馬鹿にされている方もいらっしゃいます。
学歴の呪縛ですね。あたしも、現在のお仕事は楽しいし、患者様にパワーもらいなんとかやってます。
ですが、悲しがらずや職員と上手くいかない所もあり、、自分の同一性が保持出来る職業や趣味に巡り会いたいです。楽しく生きて行きたいですね。